映画 「カリーナの林檎―チェルノブイリの森―」をみた
今関あきよし監督の映画である。1986年4月の現ウクライナのチェルノブイリ原発事故。広島原爆の500発分の放射性物質が撒き散らされたという。25年たった今もチェルノブイリからベラルーシにかけては、広範囲にわたり居住禁止区域になっている。その内外では食品の摂取は制限され、厳格な汚染度チェックが行われ、健康被害についてもきめ細かく検査が続けられているという(朝日新聞11月24日朝刊)。
映画はそのような居住禁止区域のすぐ近くに住んでいた一家の物語である。主演のカリーナは8歳の女児。自然に恵まれたベラルーシの田舎で普通の暮らしをしていた一家は、この原発事故で離散せざるをえなくなる。父親はモスクワに出稼ぎ、母親は原発で発病しミンスク(ベラルーシの首都)で入院、当地での祖母とカリーナ二人の生活が始まる。しかし、祖母は長い間暮らしてきた故郷を離れない。カリーナは幼いので、放射性物質のない安全な場所に住むべきということで、母親の弟の家庭に引き取られる。カリーナは祖母と一緒にずっと住みたく、その地を離れがたく行きたくない。しかし、祖母の勧めもあってやむなく母親の弟の家庭に引き取られる。
カリーナは、ある日母親の見舞いに行ったら、母から「チェルノブイリには悪魔がいる。その悪魔が毒を撒き散らしている」と聞いた。その話を祖母にしたら、クリスチャンの祖母は「悪魔なんか神様がやっつけてくれるさ」と一笑に付された。カリーナは真剣に神様に祈るが、母の病は好転しない。それどころか、大好きな祖母も病気になってしまう。あろうことか、自らも甲状腺癌になる。一旦は改善しても再発する。カリーナは考える「神に祈っても駄目なら、私が直接悪魔に会って頼んでみよう」と。そして、乗り合いバスに乗ってチェルノブイリに行き、その森に一人で入って行く・・・。
子どもが主人公の物語であり、反原発も原発を止めようというような理屈や運動もない。カリーナの気持ちに寄り添い、子どもの行動や思いを淡々と撮り続けた作品で、むしろドキュメント風である。「原発」や「放射能」といった言葉も出てこない。しかしながら、チェルノブイリ原発事故が、平穏な生活を送っていた市民や家族に対して、死や生活の破綻というような甚大かつ深刻な影響を現在でも与え続けていることを、突きつけられ考えさせられる内容になっている。カリーナの無邪気さや淡々としたストーリー展開が、あるいは、カリーナが入院する病院での癌にかかった子どもの死や様子が言葉なく撮られている。これらの映像が、むしろ大きな説得力を持って、「原発をなくせ」と訴えかけてくる。
ところで、3・11福島原発事故の今後を考えてみると、ごく近隣や周辺町村ではほぼ永久的に居住できないであろうし、暮らしていた人たちは戻れないであろう。家族もバラバラに暮らすこともありうるし、現にそうなっている。今後、放射能による多様な人的健康被害も出てくる可能性も高い。甲状腺癌をはじめ難病発症も大いにありうる。映画の内容とダブってくる。
にもかかわらず、日本政府は、原発を止めるとは言わない。ストレステストなどでチェックをして安全性が確認でき、地元の承認を得たら順次再稼動の方針であり、かつ、外国にも原発システムを輸出するという。このような日本の状況をみるとき、特に若い女性にこの映画を鑑賞してもらって、原発に関心を持ち、考え、そして行動に立ちあがって欲しいと願う。(111224)
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