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2010年8月

2010年8月23日 (月)

「借りぐらしのアリエッティ」を観た

宮崎駿の企画・脚本と鈴木敏夫プロデュース、恒例のスタジオジブリ制作アニメ映画であるが、今回の監督は新人米林宏昌。

物語の場所は東京小金井。うっそうとした庭を持つ古い洋風お屋敷の床下に、代々住み続ける小人一家と上の“母屋”の家族との出会い・交流の話である。小人の話といえば、思いつくだけでも日本の「一寸法師」や北海道の民話の“蕗の下の神様”である「コロボックル」、あるいは外国であれば、「親指姫」や白鳥に乗って旅をする「ニルスの不思議な旅」がある。あるいは「ガリバー旅行記」のリリパット(小人の国)の話も有名。これらは、共通して、子ども向けの話であり、10~20分の一ほどの大きさの人間を想像して、けなげに小動物と格闘しまた苦労しあるいは逆に楽しい世界も広がるといった冒険物語として広く知られている。小さいがゆえにかわいらしさもあり、子どもには夢を与える。「借りぐらしのアリエッティ」にももちろん、このような要素も含まれていて、このアニメは今の子ども達にとって不思議な世界であり、わくわくする話であろう。

ところが、宮崎駿の作品は、いつもそうであるが大人にとっても面白く興味深い。

小人家族の14歳の女の子アリエッティと上部の屋敷に一週間滞在している、近々心臓の手術をしなくてはならない12歳の翔の会話の中に表現されている。翔「君たちは滅び行く種族なんだよ。君はこの世界にどのくらいの人間がいるか知っている?67億人だよ」これに対して、きりっとした知的なアリエッティは「私たちは、そう簡単には滅びたりしないわ!」。

これは何を意味するか。もちろん観る人によって解釈は色々あろう。

翔は、人類は滅びることはないだろうと思いながらも、漠然とした不安を感じている。明日の自分がそうであるように。つまり、翔の言葉で現代の人間社会の危機感を表現し、反面、アリエッティが人間以外の弱い生き物あるいは自然界を代表しているように思える。ところで、「借りぐらし」とは何か。小人一家が、お屋敷から、居住空間や家財道具あるいは日々の食べ物などの生活財を借りて、暮らしていることを言う。映画のパンフレットに、「現代日本の大衆消費時代の終わりのなかで、ものを持つものではなく、借りる社会になってきていることにも符号させた。」とあった。

大量生産・消費・廃棄の時代から、環境と共生しモノを大事にサステイナブル社会に転換していくべきことを、宮崎駿はこのアニメでも説いているとみた。

(100814)

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