ハウジング雑考 9
LDKのLについて
「ハウジング雑考 8」の最後に、DKがLDKへと発展し、今や都市住宅のほとんどがnLDK型となっていると述べた。このnLDK型については、「いつまでもnLDKではないだろ」、「他にはないのか」、そして「代わる型提案をしない建築家は怠慢である」といった議論が、家族の変容やライフスタイルの変化に関連づけてなされている。が、このnLDKはなかなか“しぶとく”、様式「型」としての新たな展開は今のところない。
ところで、多くのnLDK型住宅の「L(=リビングルーム)」には、次の3点の“不思議”がある。
①多目的に利用されている。
そもそも、Lの考え方は欧米から渡来し、戦後すぐの建築家達による「モダンリビング」発想の影響を受けた、家族のだんらんあるいは接客のための空間である。現在でも、一義的にはそのための空間であるが、日本では家族だんらんが少なく、パーティの多い欧米とは違って気の張る客も多くないこともあって、他の利用目的も多い。家族の食事室、専業主婦の家事室、子どもの勉強スペース、洗濯物の一時取り込み場、父親の着替え場所あるいは来客者の寝室、など雑多で、要するに、「日本的」なのである。
この日本的多目的性は今後どうなるか? 生活文化に絡めて興味深い。
②DKでのイス座は定着しているが、Lは必ずしもそうでもない。
千葉県松戸市の市立博物館に公団初期の2DKが再現されている。見ると、DK横の和室にはカーペットが敷かれ、椅子と小卓の応接セットとステレオセット・テレビが置かれている。このDK横の個室がDKと一体になって使われ、しかもイス座でのだんらんが多くなっていったことが、公団でのL空間への転換、つまりLのスタートとなった。その後このL空間でのイス座での洋風だんらんが流行っていった。
ところが、その後イス座は必ずしも定着せず、冬は炬燵を利用し応接セットの椅子を背もたれにする、夏は炬燵の布団をハギ取って座卓にするといった現象が出てきた。その頃、裏打ちするように、全国レベルではあるが、応接セットの売れ行きが1981年をピークに頭打ちとなっていった事実がある。
それでも近年は、L自体も面積が拡大するなどで、再びと言おうか、応接セットも普及しつつあるようにも思える。結果、マクロにみるとイス座派とユカ座派が共存しているようでもある。
③横には和室がある。
なぜか、多くの住宅のL横にはふすまを隔てた続き間和室がある。住宅を供給する側は、一生懸命需要者側の要求・意向を捉えて設計するわけであるが、その結果がこれである。需要者の「続き間」生活の“DNA”が残っていてそうさせたのではなかろうか。確かに、かつての田舎生活においてそうであったように、大勢の来客時には便利である。でも、すでに大勢の来客や集まりもなくなり、さらにはLの面積が拡大していることもあって、L横和室も減少化をたどるのではなかろうか。
DKについては、食事空間として固定され、すでにイス座が定着していることから、DK空間は今後とも不変であろう。とすると、上記のようなLの使われ方がどうなるかによってL空間が変化し、nLDK型に代わって、新らしい都市住宅様式の「型」が出てくるきっかけのひとつになるのであろう。(090514)
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