ハウジング雑考 8
ダイニングキッチンの誕生
「ダイニングキッチン」は、よく「DK」と表示されるが和製英語である。
中島みゆきのテーマソングでも有名になったNHKTV看板番組の一つ「プロジェクトX」の「妻に贈るダイニング」というタイトルで放映されたなかにもでてくる(030225放映)。公団(日本住宅公団、現都市再生機構)の本社設計課長であった本城さんが “ダイニングキッチン”という言葉を黒板に書かれるシーンは印象的である。
50年ほど前に生まれた「DK」であるが、戦後の住生活における近代化・合理化に大きな役割を果たした。
その一つは、「ハウジング雑考6」で述べたようにユカ座からイス座への転換である。今や食事については、大都市だけでなく全国の大多数の住宅において椅子とテーブルが使われている。床に直接座ったユカ座での膳や座卓を使った食事様式は、純和風の旅館か食事処等に限られるようになった。それらにおいてさえも、足を伸ばせる堀コタツ風の座卓も多い。それだけ、イス座による食事様式が定着してきたことの証しでもある。
二つめは、主要な家事の一つでもある食事の用意と後片付けの合理化である。かつては、例えばユカ座の茶の間から台所まで距離もあり、立ち上がり・座りの上下動作も含めて肉体的負担が大きかった。また、薪を使いあるいは水道が整備されてない場合には、台所が土間にあるのが一般的であり、床と土間の間でも上下の移動がさらに付加され、負担は過酷であった。が、DKになってからは、キッチンと食卓が近くなり、かつ椅子から立って・座っての流し、レンジあるいは配膳場所への行き来というかなり楽な動きの方に改善され、家事労働の軽減になった。
三つめは、かつて日本の「台所」の大多数は、住宅のなかで狭く、暗く、じめじめした寒い北側にあった。これを、南側にも持ってきて、そこで食事も出来るようにしたのが「DK」である。南側の開放的で、明るくまた暖かい空間で気持ちよく食事できるようになった。この点については、冷蔵庫の家庭への普及が大きく貢献している。食品・食材の腐敗防止や保存については冷暗所が好ましいが、冷蔵庫の登場で台所の南側への移動が大きく促進されたのである。
住宅のDK化のきっかけをつくり、また推進させたのは公団である。
狭い2DKの公団賃貸住宅であり、DKだけを広く取るわけにはいかない。これまでの狭い台所専用空間に4人掛けの椅子とテーブルを置くことからはじまった。「プロジェクトX」にも出てくるが、限られた台所スペースのなかで、炊事する主婦が、椅子に座って食事する家族と体が触れるかどうかぎりぎりのラインで、その空間が形成されていった。そして、DKの広さは順次、4.5畳が6畳となり、リビングルーム(L)が登場しそれと一体化して「LDK」となっていった。今や、日本の都市住宅においては、「nLDK」といわれる住宅の型が一般化して久しい。(090423)
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